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推薦!「原子力防災」 原子力発電のリスクを中立的立場から解説した書籍


著者(松野元(まつの・げん)氏)は愛媛県出身で、四国電力のエンジニアとして伊方原子力発電所や東京支社で勤務したほか、原子力安全基盤機構の緊急時災害対策技術開発室長としてERSS(緊急時対策支援システム)の実用化に携わったバリバリの(元)原子力技術者です。2004年に四国電力を退職されています。そして本書は2007年に初版が発行されています。


原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために

原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために


本体価格2,000円。Amazonでは中古品のみの扱いとなっています。共同発行者である三省堂書店の店舗には在庫があるようです。私は神田本店で購入しました。Amazonの中古価格はプレミアムが付いているようなので、再版を強く望みます。


原子力発電の功罪を考えるうえで、非常に参考になった書籍でした。一般の方にも理解できるように、かなり平易な説明を心掛けていることが分かります。原子力エネルギーと化石燃料エネルギーの比較、原子力発電の仕組み、原子力利用のリスク(災害リスク、放射性廃棄物リスク)、放射線の人体リスク、原子力災害における住民被ばくと作業者被ばく、原子力防災を目的とした緊急時支援システム(ERSSとSPEEDI)、原子力防災を目的とした研修と啓蒙、について解説しています。前半の「原子力エネルギーと化石燃料エネルギーの比較、原子力発電の仕組み、原子力利用のリスク(災害リスク、放射性廃棄物リスク)、放射線の人体リスク、原子力災害における住民被ばくと作業者被ばく」は必読といえる項目です。


考えさせられたのは、本書の成り立ちそのものが原子力問題の難しさを体現していることです。本書は元々は2名の共著として企画され、それぞれが原稿を執筆してきました。ところが最終的に意見調整がつかず、松野氏の単独著作となっています。この意見調整がつかなかった原因が、原子力を含めたあらゆる災害(と防災)に対する政府や専門家などの異なる立場を象徴しています。すなわち、対立する二つの考え方です。


一つは、一般市民(国民)は難しいことは分からないし、情報を与えても反対派や否定派などに知恵をさずけたり、一般市民をパニックに陥れたりするのだから、詳しい情報は与えない、とするものです。専門家チームと政府が情報を集めて責任を持って判断して指示をするから、国民や住民など指示にしたがって動けばよい、とする考え方です。現在の日本政府および専門機関と専門家にはこの傾向が強くみられます。


もう一つは、一般市民(国民)の保護という観点に立てば、災害と防災はあらゆる可能性を無視できないので、一般市民に詳しい情報を伝えてリスクとメリットに対する理解を求めるべきであり、最終的には国民と住民に判断を委ねるべきものだ、とする考え方です。


本書の企画で問題となったのは、チェルノブイリ原発事故に対する考え方でした。松野氏はチェルノブイリ原発事故は事実として直視する必要があり、入門書といえどもチェルノブイリ原発事故との比較はすべての章で不可欠であるとしたのに対し、共著予定の方はチェルノブイリ原発事故そのものを取り上げるのは構わないものの、日本ではチェルノブイリ原発事故は起きないことになっているので、直接比較は無意味だとしたのです。この意見の違いがまとまらなかった結果が本書です。


本書を通読して思うのは、2007年当時にこの書籍を著した松野氏の立場は、原子力業界では相当に悪くなったのではないかということです。それだけ、冷静にリスクを見つめています。

本書から明確に分かるのは、原子力利用の最大の問題は原発事故ではなく(もちろん原発事故も大問題ですが)、燃料サイクルが確立しておらず、しかも将来も燃料サイクルが確立する見込みがないことです。膨大な高レベル放射性廃棄物(使用済み核燃料)をどのように処理していくのかがまったく見えていません。原発を動かす限り、高レベル放射性廃棄物は貯まりつづけ、増え続けていきます。それなのに処理工程がまったく見えていない。


唯一の解決策は高速増殖炉なのですが、実用化は絶望的な状況です。2007年以前に執筆された本書は高速増殖炉に期待しています。しかし現在、高速増殖炉の研究開発はほぼストップしてしまいました。サイクルが壊れたままのエネルギーに未来はありません。



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