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他人との共同生活が礼儀作法を作った(銭湯編)

礼儀作法やマナー、躾けなどの行動規範は、他人と関わる場面(社会生活)を円滑に進めるとともに心地よい空間を維持するために必要だと考えています。言い換えると、家族だけで暮らしているような他人と関らない場面では、礼儀作法やマナーなどの行動規範が無視されたふるまいが、かなり許容されるということです。

もちろん各家庭によって許容範囲(家庭内の規則)はさまざまです。例えば、食事を各人が勝手に食べ始める家庭があれば、全員がそろって感謝の祈りを捧げてから食べ始める家庭もありますし、お父さんが最初に箸をつけてから残りの家族が食べることができる家庭もあります。共通しているのは、社会生活に比べると緩やかな規範の下で生活していることです。


社会生活における行動規範は、生活の一部を他人と強制的に関らせることで生まれます。そこで大切なのは「親あるいは年長者による子供または年少者への躾け」です。


例えば昭和30年代には、都市部で自宅に風呂がある家庭はまれでした。ほとんどの家庭は共同浴場(銭湯)に通っていました。生活の一部に、銭湯通いがあったのです。銭湯は子供にとっておよそ生まれて初めての、社会生活の場所となっていました。銭湯に行くといろいろなことを教わり、また、躾けられます。

銭湯にはたいがい、下駄箱があります。下駄箱にはカギ(番号札を兼ねた板)があります。ここで初めて靴を預ける、カギを持つ(一時的ですが)、箱の扉を閉める(使い終わったものをかたす)といった一連の行動規範を学びます。

銭湯の戸を開ける前に「男風呂」と「女風呂」の区別を学びます。お母さんと子供だけの場合は小さい男の子だと女風呂に入ることもあります。ただし、女風呂に入るとそれが友達に知れ渡ってからかいの対象となり、男の子は強制的に「一人で(寂しいけれども)」男風呂に入るように教育されます。

戸を開けると脱衣場です。板敷きのホールで、天井には大きな扇風機が回っていました。昭和30年代の銭湯は今では信じられないかもしれませんが、脱衣場にはロッカーがありませんでした(ロッカーのある銭湯もありましたが、ロッカーのない銭湯がふつうでした)。脱いだ衣服を大きなざるのようなもの(網籠(あみかご))に放り込んでおくだけです。セキュリティという言葉はありませんでした。というか、ご近所さん顔見知りの世界です、銭湯のお客さんは。ですから、よそ者はすぐ分かりますし、他人の網籠を漁る行為は周囲から丸見えです。それに、他人の網籠をさわったり、のぞきこんだりすると親から叱られました。脱衣所で走ったり、騒いだりすると、お尻を叩かれました。

脱衣所で裸になると、タオルや石鹸などを持ってガラス戸を開け、風呂場へと入ります。風呂場は手前が洗い場で、一人分の空間に水栓(冷水と温水それぞれ)と鏡が取り付けられています。鏡の下が小さな棚で、タオルや石鹸、眼鏡などを置けるようになっていました。風呂桶は当時は木製でしたが、その後はプラスチック製に代わりました。椅子(プラスチック製)はあったような、なかったような。ちょっと記憶があいまいです。

洗い場を抜けると、その奥、壁の手前に大きな浴槽があります。浴槽は二つあり、一方はとても熱いお湯、もう一方はふつうの熱さのお湯がはられていました。子供は当然ですが、ふつうの熱さの湯船に入ります。といっても子供にとっては十分な熱さです。

風呂場では、最初に体を洗うようにしつけられます。いきなり湯船に入ろうとすると、目ざとい年長者に肩を掴まれ、止められます。親から脱衣所で「まず体を洗うよう」に説かれるのがふつうですが、そんなのはろくに聞いていない子供もいますので。特に初めての銭湯はすべてが珍しく、まわりのものを見るのに夢中ですから。

面倒くささを感じながら体を洗うと、ようやく湯船に入ります。入り方も教わります。足からゆっくりとお湯に体を漬けて静かに入っていきます。そもそも子供にとってはかなりの深さがあるので、お湯の深さを確かめつつ入らないと、危険です。それから湯船にはタオルを持っていかないことも、躾けられます。

湯船では肩までつかります。100まで数えてから出る、といった形で一定の時間は湯船につかるように言われます。本当は熱くてすぐにも出たくなることが珍しくありません。そこを我慢するために数字を数えます。わざと早口で数えるなんてごく普通のことです。もう一度、100まで数えさせられることにもなりかねませんが。

風呂場から脱衣場に上がるまえには、しぼったタオルで体全体をまんべんなく拭かなければなりません。脱衣場を水滴で濡らすなんて、もってのほかです。たいていは脱衣場と風呂場を仕切るガラス戸の前に足拭きマットが敷いてありますので、そこで体拭きをあらかた済ませます。それから網籠に入れてあったバスタオルで髪や体の水分をしっかりとふき取ります。

脱衣場にはなぜか、体重計がありました。裸になって体重を計る。これも面白くて風呂に入る前に体重計に乗り、風呂から上がってから再び体重計に乗って減ったか増えたか比べてみたり。あんまり遊んでいるとまた、親から叱られます。

銭湯には番台(入り口の脇、男風呂と女風呂の仕切りに人が座れる場所があり、番台と呼ばれていました)があり、始めに脱衣所に入ると番台で入浴料を支払います。といっても入浴料を支払うのは親なので、子供は番台をあまり意識せずに脱衣所にとっとと行ってしまうかもしれません(子供が性別の違う親と離れて一人で脱衣所にいくときは番台の反対側で親が子供の分まで払います)。

でも、風呂から上がって脱衣所で体を拭いた後は、番台が大きな意味を持ってきます。それは、番台の横にはたいてい、冷蔵庫があるからです。冷蔵庫といっても家庭用ではなく、透明なガラス戸がついた業務用の冷蔵庫。お目当ては、コーヒー牛乳やフルーツ牛乳などの飲み物です。バスタオルを体に巻いたまま、親からもらった小銭を番台に渡し、冷たいものを飲む。至福のひとときです。ガラス瓶に入った牛乳のなんと美味しいことか。ガラス瓶のフタは紙製で、ツメで引っ掛けてあけます。子供はツメが短いので上手くあけられず、もどかしい思いをすることもありました。そんな子供のために、冷蔵庫近くの壁には虫ピンに取っ手をつけたような道具がヒモでつり下げられるようになりました。この虫ピンの先をフタに刺してひねるように引っ張れば、きれいにフタがとれます。

衣服を着て、カギを確かめて脱衣所を後にします。おっと、お母さん(お父さん)が出てきているか、確認しなければいけません。幸い、男風呂と女風呂の仕切りは天井までの半分くらいの高さしかありません。大声を出して呼ぶと、答えがかえってきます。

脱衣所を抜けると再び下駄箱です。カギを差し込んで扉を開けて靴を取り出し、玄関に置きます。扉をきちんと閉めます。閉め忘れるとまた、親から怒られます。それから靴を履いて、お家へと帰ります。夏は暑さが、冬は寒さが、それぞれのやりかたで家路に色をつけてくれます。銭湯の帰りが快適とは限りません。



生まれたときから自宅にお風呂が有る。素晴らしいことです。ところが自宅の風呂しか知らないまま大人になってしまうと「共同浴場の礼儀作法(マナーあるいは躾け)」を知らないまま、あるとき突然、学生旅行や社員旅行などで旅館の温泉大浴場へと飛び込むことになります。あるいは、スポーツジムの大浴場かもしれません。


そして「いや、それはやめようよ(赤面)」という場面を見せつけられることになったのが現代です。21世紀の日本とは「銭湯の作法が滅び去る時代なんだなあ」と嘆息をもらしております。だからといって銭湯の時代に戻れとは言いませんが。大浴場には上記のようなマナーの一覧表を作って貼っておくべきなのでしょう。

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ザ・東京銭湯

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