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少年マガジンが青春そのものだった「青春少年マガジン1978〜1983」

1978年5月。少年マンガ週刊誌「週刊少年マガジン」の新人漫画賞で入選作品に選ばれたのは20歳の小林誠(こばやし まこと)青年だった。入選作品は「格闘三兄弟」。


1978年10月に小林青年は「小林まこと」のペンネームで週刊少年マガジンに連載を開始する。連載作品は「格闘三兄弟」をリメイクした「1、2の三四郎少年マガジンで大ヒット作品となった同作品や、後に青年マンガ誌「週刊モーニング」で爆発的ヒット作品「What's Michael(ホワッツマイケル)?」などを生み出した漫画家「小林まこと」が誕生した瞬間である。


2009年。週刊少年マガジンは創刊50周年を迎える。創刊50周年記念作品として小林まこと氏が「1、2の三四郎」の連載期間である5年間を振り返った短期集中連載をまとめたのが青春少年マガジン1978〜1983だ。



青春少年マガジン1978~1983 (KCデラックス 週刊少年マガジン)

青春少年マガジン1978~1983 (KCデラックス 週刊少年マガジン)


だが、この作品の真の主人公は「小林まこと」ではない。真の主人公は、同時期に連載を始めた新人漫画家の「小野新二(おの・しんじ)」と「大和田夏希(おおわだ・なつき」の二人だ。小林・小野・大和田の3人は当時とても仲が良く、「新人3バカトリオ」と呼ばれていたほどだという。青春少年マガジンにはトリオの仲良し振りが描かれており、これこそが「青春」そのもの、「黄金時代」だったことが良く分かる。


小野新二氏の代表作品には「純のスマッシュ」、「ノックアウト野球部」、「OH!タカラヅカ」(原作:史村翔氏)などがある。大和田夏希氏の代表作品には「タフネス大地」、「われらが南風」、「虹色town」などがある。この2名を知っている人は、小林まことを知っている人に比べたら、とても少ない。その理由は「青春少年マガジン1978〜1983」に書いてある。小林まこと氏が描きたかったのは、小野・大和田の名前を読者に刻んでおいてほしかったことなのだろう。その試みは成功している。


青春少年マガジン1978〜1983」の時代に筆者は大学生であった。少年マガジンはもちろん読んでいた。でも今、小野・大和田両名の名前はうろ覚え。作品名を出されてようやく思い出した。そして、この作品のおかげで「小野新二(おの・しんじ)」と「大和田夏希(おおわだ・なつき」の名前は一生、忘れることがなくなった。それこそが、ただ一人の生き残りである「小林誠」が読者に望んでいたことなのだろう。


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