Electronics Pick-up by Akira Fukuda

日本で2番目に(?)半導体技術に詳しいライターのブログ

権威の誕生


現在の「日経エレクトロニクス」誌には、企業トップのインタビューがふんだんに掲載されています。
企業トップのインタビューを掲載することは、企業の経営層がその雑誌を認知していることの裏返しとも言えます。


自分が日経エレクトロニクス編集部の駆け出しだった1980年代後半には、企業トップのインタビュー記事はほとんどありませんでした。大手エレクトロニクス企業の研究トップにインタビューする記事が1名当たり3分の1ページずつ、年初の号に掲載されていた程度です。


当時は取材とは技術者や研究者にするものであり、役職は課長か部長クラス。役員へのインタビューなどまったくないといってよい状況でした。また一方で、企業トップの日経エレクトロニクスに対する認知度は低かったのです。何の記事が覚えていないのですが、日本最大のプリント基板メーカーである日本CMKの社長からコメントを取る必要に迫られました。広報が非協力的でした(これも珍しくありませんでした)ので、JPCAショーで直撃することにしました。(ここから回想シーンです。一部誤っている可能性があります)

自分「日経・・・ですが、コメントをお願いしたいのですが。お時間が悪ければ、アポイントを取りたいのですが」
社長「日経なんだって?」
自分「日経エレクトロニクスです」
社長「ああ、だめ。オレは日経新聞日経ビジネスしか会わないの
美女二名を両わきにはべらせながら、黒塗りの高級車に乗り込むと社長は去っていきました。


状況が変わったと感じたのは1990年ころでした。年1回の特集「日本電子市場展望」で国内大手半導体部門のトップインタビューを企画したのです。アポイントがとれるのはせいぜい2〜3社程度だろう、と思っていたらほとんどの企業からアポイントがスムースに取れました。驚きました。


インタビューして改めて驚いたのは、常務取締役や専務取締役といった役職の方が、ずっと若いころの技術者時代に「日経エレクトロニクス」を知り、読んで頂いていたという例がいくつかあったことです。中には課長のころから何度も、日経エレクトロニクスの取材を受けておられる方もいらっしゃいました。


1971年4月に日経エレクトロニクスは創刊しました。日経エレクトロニクスを読んでいた世代が、エレクトロニクス企業の経営層にまで登り詰めた時代、それが1990年代だったのでしょう。


そして21世紀の今日、日経エレクトロニクスはもはや「権威」となっているように感じます。
否、日経BP社そのものが権威となっているのかもしれません。
若い世代の記者さんには理解できないだろうと思いますが、理解する努力はして欲しい。
数多くの(私を除く)先輩記者の多大な努力と、数多くのかつて若かった技術者の支持が、「権威」の支えとなっていることを。



日経エレクトロニクスのどこに権威があるんだ」と編集部の方が思われるようでしたら、貴方は権威病の重症患者です。試しにフリーライターの名刺を作り、展示会を日経の名刺なしで回ってみて下さい。それが治療の第1歩です。



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