Electronics Pick-up by Akira Fukuda

日本で2番目に(?)半導体技術に詳しいライターのブログ

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1980年代の「日経エレクトロニクス」が新人編集に教えてくれた記事執筆手法と、その限界(前編)

心理学に「刷り込み」や「インプリンティング」などと呼ばれる用語があります。「赤ちゃんは最初に見たものを、親だと思う」といった意味で使われたりします。

刷り込み - Wikipedia

引用:「特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象の一種。」

自分は1980年代前半に就職して出版社に入り、初めて編集部に配属されました。すると「出版社とはこういうもの」、「編集部とはこういうもの」といった刷り込みが当然ながら、入ります。編集部では隔週刊の電子技術雑誌「日経エレクトロニクス」を作っていたので、「雑誌とはこういうもの」、「技術誌とはこういうもの」といった刷り込みも入ります。日経エレクトロニクスは編集者が記者を兼ねている(この点は普通の雑誌とは大きく違います)ので、編集者の仕事とはどういったものか、記者の仕事とはどういったものかも教わります。


さらに、デスク(副編集長)とはどういう仕事をする人物なのか、編集長とはどういう仕事をする人物なのか、といったことも刷り込まれます。自分はデスクというとIデスクとOデスクが浮かびます。編集長はN編集長です。「編集長イコールNさん」というルックアップテーブルがアタマの中にできていました。今から思うとNさんはいわゆる「編集長」として異質な人物であることは、後から分かってくるのですけれども。


日経エレクトロニクスの編集部で叩き込まれた記事の書き方は、「短く、鋭く」でした。考え方はこうです。

読者は電子技術者であり、常に忙しい。時間が惜しい。だから、記事はなるべく短くし、結論が先頭に来るようにする。
最も重要なのはタイトルで、タイトルで結論(最も重要な情報)を伝える。次に要約、あるいは本文最初の文章で最も重要なことを伝える。
記事本文は段落を経るにしたがって重要度が下がり、本文の末尾には重要度が最も低い情報(枝葉末節)が来るようにする。

このように記事のスタイルを定めると、「忙しい読者」はタイトルだけで重要な情報が得られ、本文の最初の部分を読むだけで重要な情報が得られるようになります。時間がそれなりにある読者は、本文の最後まで読んでくれるでしょう。本文を最後まで読めば、詳細な情報が得られます。


と、ここまで書くと読者優先のように見えますが、実は、編集部の都合でこのようなスタイルを新人は強制されていた、という事情もあります。紙の雑誌は、記事の文字数が決まっています。記者が書いた原稿の文字数が、記事の文字数よりも多かった場合は、原稿の文字数を減らさなければなりません。このとき、末尾側の情報の重要度が低いと、半自動的に原稿の末尾から削っていくことができます。削るのは原稿を書いた記者の役目なのですが、査読者が削ることもあります。いずれにせよ、原稿本文の末尾から削る、ということが決まっていると、作業が容易になります。


「短く、鋭く」の記事スタイルで訓練を受けたことで、「帰納法」で原稿を書く思考法が身につきました。これは非常に大きな財産(技能)となっています。具体的には、まず結論を書き、それから理由を書く、という関係で文章を紡いでいきます。あらかじめ「次の文章」を考えてから、手前の文章を書いていく。ほかには段落の「モジュール化」による段落入れ換えの容易化といった、原稿の構造を改良しやすくする手法を学びました。


このような書き方に慣れていくと、ストーリーあるいはシナリオが作りやすくなります。始めは短い400文字から500文字くらいの原稿しか書けません。それが慣れてくると、3000文字から4000文字の原稿を短い時間に書けるようになりました。雑誌のページ数では、2ページ前後に相当する文字数です。ここまで来ると、原稿書きがかなり楽になってきました(といってもまだまだ苦しい)。


また、図版作成の重要性を叩き込まれました。4000文字くらいの原稿ですと、図版が少なくとも1点は入ります。テキストと図版の作成順序は、「図版が先、テキストが後」です。図版をまず作る。これが日経エレクトロニクスで教えられた大原則でした。

「図版が先」には、いくつかの意味があります。まず制作工程の都合です。当時は手作業でレイアウトしていました。そして図版は、記者が書いたものを、外注のデザイナーさんが仕上げていました。デザイナーさんが仕上げるための日数は最短でも2日間くらいはかかります。

テキストは図版に比べると制作工程の所要時間が短いのです。テキストを入稿するとまず写植の棒打ち(これはすぐに廃止されました)、図版のアタリを入れた初校へと続きます。棒打ちなしで図版のアタリができていると、1日で初校が出てきます。ですから、図版を先に入稿し、次にテキストを入稿すると、制作工程の時間が全体としては短縮されます。つまり、締め切りを伸ばせる(編集用語では「引きつける」)ことができます。

また、「読者は図版を眺めてから記事を読むかどうかを決めることが多い」。という教育を受けました。言い換えると、図版を良いものにするための努力を惜しまない。時間をかける。丁寧に図版を作る。といったことです。

記事執筆というと、どちらかと言えば、記者は文章に重きを置く傾向があります。しかし読者の立場になってみましょう。雑誌を開いて誌面を眺めていて、最初に目に入るのは図版です。図版に興味を持ってもらえると、テキストも読んでもらえる、という想定が成り立ちます。といいますか、想定ではなく、「そういうものだ」と教えられました。


まとめると「短く、鋭く」「図版が先、テキストは後」。この2つが、「日経エレクトロニクス」に独特の記事スタイルを生み出していたと言えます。1980年代から1990年代は(今はどうなっているのか分かりません)。

(後編に続きます)


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